"後悔先に立たず"ということわざご存じでしょうか?物事が終わって後から悔やんでもしょうがない、ということを説いたものです。ビジネスでは後悔という簡単な言葉では片づけられるものではありませんが、事前に失敗を想定できていれば対策が打てたケースもあると思います。そんな事前に失敗を想定して計画に盛り込む「死亡前死因分析」というリスクマネジメントを紹介したいと思います。
目次
1.死亡前死因分析(premortem)とは?
1-1.始める前に失敗してみる
私が「死亡前死因分析」を知ったのはノーベル経済学賞受賞者であるダニエル・カーネマンが書いたの「ファスト&スロー」という書籍(以下、本書)の中です。本書の中では次のように紹介されていました。
何か重要な決定に立ち至ったとき、まだそれを正式に公表しないうちに、その決定をよく知っている人たちに集まってもらう。そして「いまが一年後だと想像してください。私たちは、さきほど決めた計画を実行しました。すると大失敗に終わりました。どんなふうに失敗したのか、5~10分でその経過を簡単にまとめてください。」 (Daniel Kahneman 「Thinking,Fast and Slow」)
まさにコロンブスの卵。内容自体はまったく難しいことではありませが、知っているかどうかでビジネスの進め方が大きく変わることは容易に想像できると思います。
死亡前死因分析のオリジナル語は”premortem”といいます。mortemは死後、preは事前。premortemで事前の死後となります。ちなみに、pre(事前)ではなくpost(事後)でpostmortem:検死という意味のようです。
1-2.2つのメリット
本書では2つのメリットが挙げらえていました。
1-2-1.【メリット1】集団思考を克服できる
決定の方向性がはっきりしてくると多くのチームは集団思考に陥りがちになるが、それを克服することである。・・・チームがある決定に収束するにつれ、その方向性に対する疑念は次第に表明しにくくなり、しまいにはチームやリーダーに対する忠誠心の欠如とみなされる・・・
会議において、(物理的にも、組織的にも)声の大きな人の発言で物事が決定していくことはあると思います。そうでなくても、集団で議論をしていると、疑問や不安を提示する場面が限られます。
集団思考は、組織のメリットでもありますがデメリットも持ち合わせています。自分の存在や意見を過小評価してしまうデメリットを相当な割合で消化してくれることでしょう。
1-2-2.【メリット2】事情をよく知っている人の想像力を望ましい方向に開放できる
・・・集団内に自信過剰が生まれ、その決定の支持者だけが声高に意見を言うようにある。死亡前死因分析のよいところは、懐疑的な見方に正当性を与えることだ。さらに、その決定支持者にも、それまで見落としていた要因がありうると考えさせる効果がある。
会議の最後に「質問や意見はありますか?」と投げかけたところで、意見がでないこともしばしば。指名したところで、顔色をうかがいながら発言していることもあります。
プロジェクトの事情を詳しく知っている人が抱いている疑問や不安は、プロジェクトの命運を握っていることはしばしばあります。疑問や不安は、議論のゴールがプロジェクトの実行の場合にはマイナス要素と捉えられがちですが、死亡前死因分析においてはまさに正当化された意見となるのです。
2.実践ステップ
実践ステップを紹介したいと思います。企業における"死亡"は倒産を意味しますが、ここではプロジェクトの失敗を前提に話をすすめます。
2-1.場の提供・関係者の招集
プロジェクトの関係者を招集します。ここでのポイントは作業レベルの担当者の招集も価値があるということです。
リスクマネジメントのためと考えると、プロジェクトリーダーやその他担当リーダークラスでの実施を想像するかもしれませんが、前述の通り事情をよく知っている人の経験を活用しましょう。
プロジェクトの失敗要因のひとつに、苦情や社内オペレーションが挙がるケースもあります。関係者を広く集められることは、それだけ多くの失敗要因を集められるということです。
2-2.マインドセット(意識付け)
マインドセット(意識付け)においてのポイントは2点。
2-2-1.サンクコスト(Sunkcost)を気にしない
プロジェクトの失敗をイメージする際に、サンクコスト(埋没費用)すなわちそれまでに費やした費用のことを考慮しないように頭の中をクリアにします。
サンクコストを意識してしまうと、イメージする失敗のスケールが小さくなってしまいます。
2-2-2.参加者にこの手法の多くを語りすぎない
マインドセットと記載しましたが、死亡前死因分析の手法について参加者全員に多くを語りすぎないことです。
冒頭に紹介した"いまが●●後だと想像してください。私たちは、さきほど決めた計画を実行しました。すると大失敗に・・・"とはじめることで十分です。(参加者から質問があった場合に、その点についてのみ回答すればよいでしょう。)
冒頭の引用にあるように死亡前死因分析そのものが、懐疑的な見方に正当性を与えるものです。まさにその通りで、実際にやってみると多くを語らずとも懐疑的だった人からの意見は多く出てきました。
2-3.イメージする
より具体的にイメージできるように、また環境要因が参加者間でそろうように、経過期間(1年後、半年後など)は欠かさずに定義しておきましょう。
2-4.失敗と失敗要因を共有し分析する
このステップは意外とスムーズにすすむと思います。プロジェクト実施後の失敗分析とは異なり、失敗要因は既に抱えている疑問や不安であるため、その結果どんな失敗につながるか仮説が多く提示されます。
ファシリテーターは、多く出てくるその仮説を効率よく、正確にカテゴライズすることに専念すればよいでしょう。
2-5.分析結果の対応を考える
ここで重要なことは、ビジネスとしての失敗要因分析であるということです。失敗要因を100%解決することは目標ではありません。プロジェクトの失敗が分析できたら、次の2点を評価してみてください。
- その失敗の損失と発生可能性
- 失敗の原因解決に必要なコスト(金額と時間)
複数の選択肢を評価するには、効果的なフレームワークがあります。フレームワークについてはまた別の機会に紹介したいと思います。
2-6. KRI:Key Risk Indicatorを設定する
小さなプロジェクトの場合、KRIの設定は不要ですが、大きいものになればKRIの設定が必要になります。
前項で認識された失敗要因ではあるがコストがかかるなどの理由で、事前に解決策を講じない失敗に対しKRIを設定します。
死亡前死因分析をした時点では対応見送りとなった失敗要因であっても、KRIを設定しておくことで、失敗の結果がでる前に事前に対応が可能となります。
KRIなどの指標について、これまた別の機会に紹介したいと思います。(紹介したいものが、まだまだたくさんあって、しばらくは寝られそうにありまんせ。ま、寝ますけどね)
3.まとめ
- 死亡前死因分析は、事前にプロジェクトの失敗を想定してみるというリスクマネジメント
- メリットは、手段思考の克服と、有識者の想像力の開放
- 手順は、場の提供→マインドセット→イメージ→共有→分析→対応方針検討(必要に応じてKRI設定)
4.最後に
「実践ステップ」は私の経験も踏まえて記載していますが、これが絶対ではありません。実践してみると想像以上に簡単です。何度も実践して、メンバーやプロジェクトに応じてアレンジを加えてみてください。
「死亡前死因分析」はプロジェクトの大小に関わらず有効に機能します。場合によっては企業の立ち上げにおいても、または研修の運営、イベントの運営など対象に限りはありません。
失敗確率を大きく引き下げる効果的な手法として、是非、引き出しの一つにしてほしいと思います。